トラベロコを見たセブの友人からこの人を助けられるか?という
依頼が来た、「スルー海で戦死した祖父の兄に祖父からの手紙を届けたい」
普段祖父にすごくお世話になっているので、祖父の願いを叶えてあげたい
祖父の代わりにスルー海に行きたい
その依頼をトラベロコに載せたのは大学生の女の子だった
スルー海は危ないから無理だ、ミンダナオには行くべきではない
パラワンでも危ない、危険過ぎるなどなどのコメントが寄せされた
その大学生と直接メールをやりとりしてスルー海が見られるところなら良い
スルー海と繋がっている海なら良いとのことだったので
それなら我らがネグロス島にもあり、ドゥマゲッティから1時間少しで着く
セブで留学していた依頼人の大学生の女の子とセブで同じく留学していて仲良くなった
同じく大学生の女の子の二人でドゥマゲッティまで来てもらった
地図で確認してもらえばわかるが、ネグロス島南西部のシアトンとサンタカタリーナ付近はスルー海に面しているにも関わらずドゥマゲッティからも近い
治安はドゥマゲッティ近辺なのでもちろん良い
そこの付近のスルー海に面した土地を30ヘクタールほど持っている友人に
同行してもらい二人を案内した。
祖父から預かった兄宛の手紙を持ち、それを海に流し兄の元へと届ける
この日のスルー海はどこまでも晴れ辺り海は穏やかだった
すごく可愛がってもらっている祖父の思いを胸にスルー海に手紙を送る
海が、波が手紙を兄の元へと届けてくれる
「無事届きますように、思いが届きますように」
日本からわざわざ遠いネグロス島の南部まで来た日本の女学生は祈り続けた
その姿を南国の太陽は、スルー海は静かに見守り続けた
手紙に姿が見えなくなるまで手を振り続け、祈り続けた
祖父の思いはこうして届けられた
このネグロス島もあまり知られていないがルソンやレイテ島に次ぐ激戦地となった。
主に北部だったがこの南部にも、この海岸でも戦闘があり、輸送艦をアメリカの戦闘機に爆破された日本軍が大量に泳いで海岸に上陸してきたのを両親から聞かされ未だに近所の人が覚えているようだ。
その海岸で日本の大学生が手紙を流しているのもまた何かの巡り合わせか
ドゥマゲッティ側では夕日は山に沈んでしまうが、こちらサイドでは夕日が海に沈んでいく。だんだん夕日が沈んでいく光景は何とも絵になる
今日の出来事をどう感じているのか?日本の大学生2人はただただ夕日をじっと見つめる
遠く昔の戦場に思いは飛び、はるか向こうの海の先の日本へも飛ぶ
決して忘れてはいけないこと、語り継がなければいけないことがある
今日案内してくれた人々やこの近所の人達の両親はわずか70年前日本と戦争をしていた
日本軍に殺された方々もいるだろう
しかし、こうやって友好的に迎えてくれ案内や両親から聞いたその当時の話までしてくれもてなしをしてくれる、それはすごく有難いこと
この土地に再び日本人が来た、しかもまだ二十歳そこそこの若者が来た
亡くなった祖父の兄に手紙を届けに来た
この行為は戦争の歴史と一緒にこの土地で語り継がれていくだろう
人々の思いは、行為は良いことでも悪いことでも伝えられていく、繋がっていく
海はフィリピン人の心はどこまでも広くまた穏やかだ
これからは愛を伝えていこう、繋げていこう
今回のこの行為も祖父への愛から来ている
スルー海に沈む夕日もきっと愛で満ちている、少なからず今日は